老婆100's <青春>

物語いろいろ、人生道草

-芒-34.懐かしいお父さん

きいるん(基隆)港は、日本統治時、小さな漁村だった。明治33年に築港が計画され、治水事業、橋梁建設、湾口に向けて、平行・垂直に道路も整備され、美しい街並み、商店が立ち並び台湾随一の景観を誇った。(軍事要塞でもあり戦時中空襲の的となり破壊されることになる)

そのような、きいるん港を後にして、キヨは船中で台湾での生活を懐かしんだ。

税関長夫婦の思いやり、出入りする人達との触れあい、楽しかった事、ときめいた事等を通して生きている喜びを知った。奥様が洋服を作ってくれたこと。見たこ事も食べた事も無い洋菓子を部屋に届けてくれたこと。色々な場面を思い浮かべ目頭が熱くなったりした。

一方、これから向かう内地で、長く離れていた父親との生活がどのようなものか、千恵も含めて仕事は見つかるのか、不安がよぎって落ち着かなかった。

十五年間会っていない父親が港で出迎えていた。キヨも千恵も父親を認識するのに時間はかからなかった。眉が太く、目の大きな懐かしい父親がいた。髪は白髪が混じり、ずんぐりむっくりとしている。大人になった娘に戸惑っている風だった。

「苦労かけたな」とポツリ父親は言った。父子はしばらく涙で言葉が続かなかつた。

汽車に乗り、降りた駅で、父は食堂に連れて行き、素うどんを食べさせた。積る話があるのにお互いを労わり三人とも無口だった。父の住んでいる長屋へ着いたのは夜更けとなっていた。キヨと千恵は、用意してくれていた布団で一緒に寝た。

父子三人、六畳一間の生活が始まった。

続く・・・

 

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-芒-33.父を頼りに内地へ

キヨと千恵の住込み生活が始まった。仕事は早朝の仕込みから深夜の片付けまで休む暇もなく過酷だった。特に田舎者の千恵は、仕事になかなか馴染めず手際は悪く、店主に四六時中厄介者のように怒鳴られていた。同僚からも「役立たず」などと虐められた。

キヨはそんな千恵を不憫に思い、陰ながら手助けして庇った。千恵は、従業員が寝静まっている部屋で、布団を被って声を殺して泣ている事が多かった。

食べられる事、寝る場所があるだけで何とか生きていける。愚痴をこぼしたら追い出されるとふたりは耐え忍んだ。

しかしキヨは千恵を馬鹿にする相手に我慢が出来なくなり、そのうち雑言を吐いて対抗するようになった。堪忍袋の緒が切れたのだ。税関長宅で身に着けた上品な言葉遣いが次第に崩れていった。店主は、機敏に仕事の出来るキヨには一目置いていた。キヨに気を使い、多少は千恵への風当たりを緩めたが相変わらずで、ひと月が経った。

そんなある日、何かと気遣ってくれる親戚の警察官から父親の消息を知らされた。

二人にとっては幼い頃離ればなれになった父であった。内地の製鉄所で働いているという。台湾に娘二人がいることを知り、どうしても手元に呼び寄せたいと強く願望しているそうだ。

キヨは父親が大好きだった。幼い頃、離婚で母方に引き取られたが、父を慕い、ひとり夜道を歩いて父と祖母のもとへ戻ったのだ。そのうち酒浸りだった父は、何処かへ行ったきり帰って来なかった。

警察官の計らいで、本土の父の元へ帰る準備を進めることにした。税関長宅で働いて貯めた,僅かなお金を旅費に充て、キヨと千恵は船に乗って日本へと向かった。

続く・・・

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冬の樹木

昼下がり、所用のついでに買い物に向かった。バスは空いていたので安心した。換気のために窓は開けられていて風が冷たかった。差し込むに西陽が暖かいので我慢出来た。周囲を気にして息を潜めるという事はなく、窓外の景色を見る余裕があった。

スーパーでは、土曜日でもあり家族連れが目立った。入口で除菌をしてカートを押し、無口で商品を追っている姿、間隔を空けてレジを待つ様子は、コロナ禍での生活が板についていて、人々の意識が一つになっている事に親近感を覚えた。

長引くコロナで、多くの人々が影響を受けて苦しんでいる。何とか今回の非常事態宣言期間で結果が出て欲しいと祈る思いだ。

帰り道、葉を落とし裸になった樹木から聳え広がる細枝を見て、人間に例えると身体の中心から末端まで血潮を流す血管のように思えた。

生きる営みを感じるさせてくれるものには、感傷的になる老い先短い老婆であった。

ただ上に向かって張り巡らされた扇状の枝を見て、スケッチしてみたい気持ちになった。

 

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信長と光秀

大河ドラマの”麒麟が来る”が終盤を迎える。

娘が、大河ファンの老婆のために、堺屋太一の『鬼と人と』を贈ってくれた。

信長と光秀が、同じ場面の中で、それぞれの考え方や受け止め方を独白する面白い内容だ。二人の葛藤や思惑の対比が、今に繋がると頷きながら楽しめた。

今風に言えば、目的を同じくして、信長は、旧態依然の破壊者、飽くなき構想力とその立案者、強硬に推し進める怜悧な経営者。一方、光秀は、知識人で思慮深く、秩序と調和を重んじ、与えられた枠の中での改善、生産性の向上を目指すナンバー2だと、老婆は捉えた。

信長が、もう少し聞く耳を持ち、光秀が、短気を起こさなければ本能寺事件は無かったはずだ。お互いに理解しあえれば、良いコンビで織田政権を完成させたのではないか。信長流の安定した未来志向の国造りが実現したのではないか。また、いち早く海外との門戸が開らかれていたかもしれない。歩みの違った日本国を想像するのも興味深い。

現在にも通じる、人は、現状維持を好み変化の対応に抵抗したがる。「無理だ」「面倒くさい」「失敗したらどうする」「上が反対する」「しがらみがある」などが先に立つ。発展は常に旧態依然を打破する戦いであり、諦めと妥協は立ち遅れる。強いリーダーを欲するのは、今も昔も変わらない。

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-芒-32.妹との再会

その後、妹の千恵は、キヨを頼って台湾に来ることになった。警察官と港へ迎えに行った。船から降りてくる人達を目で追った。遠目でもその風貌に、お互いが”確かだ”と確信した。大人になった妹との再会、懐かしさが込み上げてくる。

「姉さん!」妹は泣きながら飛びついてきた。「ちぃちゃんかね、よう来たね」と、キヨは千恵の背中を擦りながら涙が溢れた。十数年の隔たりはいっぺんに吹き飛び、厚い血のつながりを感じ愛情が沸々と湧きあがった。

妹の境遇といえば、母親の実家で気兼ねをしながら貧しい暮らしをしたと聞く。学校にも行けなかったようだ。キヨは、何としてでもこの不憫な妹の面倒を見ようと、気持ちを強く持った。

税関長宅では二人は雇えないということを確認していた。その上で妹のために住み込みで働ける食堂を紹介してくれていた。不慣れな地で、口下手な妹が一人で働くことには心配があった。なによりも、妹が怯えて頻りに「姉さんと一緒に働きたい」とせがむので困惑した。食堂は手不足とのことで、二人でも可能だった。

キヨにとっては、税関長宅を離れることは後ろ髪惹かれる思いだ。

ご夫妻の気遣いにより、貧乏で無知で粗野だった自分を人並みに成長させてくれた。 慣れ親しんだ居心地のよい環境を変えたくなかったし、受けた恩義を仇にすることに心が痛んだ。

苦慮した末にキヨは決断した。奥様に、胸の内を話し理解してもらえた。代わりの人への引き継ぎを終え、妹のいる食堂へと転職した。

続く・・・

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-芒-31.妹の病気

親戚の警察官は、時々キヨの様子を見に来ていた。ある日、その警察官から、幼少の頃両親の離婚で離ればなれになっていた母親の病死が伝えられた。母方に引き取られた妹の千恵が、マラリアに罹って苦しんでいる事や、キヨに会いたがっていることも知った。

天涯孤独のキヨは、肉親の消息に胸が締め付けられた。何時かは必ず会えるという思いを胸に抱いて生きてきた。今すぐにでも妹に会いたい、助けてやりたいと焦った。

事情を知った奥様は、なかなか手に入らないという高価な薬を手配して、親戚の警察官に託してくれた。薬の代金は、僅かなお給金から少しづつ差っ引いてもらえることになった。

おかげで、妹は命を取り留め、元気になったとの知らせを受けた。

今では母親も亡く、何もしなかったら、妹は手当ても受けられず助からなかったはずだ。

昔、大好きだったお婆ちゃんが、苦しんでいるのに医者も呼んでもらえず亡くなったことを思い浮かべて妹と重ねた。

税関長宅に奉公していたことで、奥様の好意と機転をきかせて頂いたことが幸運だったと胸を撫でおろした。

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-芒-30.ねえやの娯楽

キヨが渡った頃の台湾では、台湾人の日本語使用推進で各地に講習所を設け徹底されていた。台湾の児童の就学率は71%、日本の児童は90%を超える世界でも高い就学率を実現していたという。(8歳以上14歳未満の6年間の義務教育)

キヨは一人で外出することは許されなかった。日本が統治しているといっても異国民の地であり抗日輩の出没の心配もある事から厳しく止められていた。買い物の時は必ず車を出してくれた。

街を見るのは買い物に出る時だけだった。市場では、現地の人との接触や言葉で困ることは無く、必要なものは買い求めることが出来た。

税関長の家からは海が見渡せて、軍艦が入港するときは軍艦マーチが鳴り響き胸が高鳴った。キヨは、島のこの光景を見渡すのが好きだった。

ある日、奥様から「ねえや、たまには映画を見ていらっしゃい」と勧められた。

「車で送り迎えをさせます。終わったら出口で動かないで待っていてくださいね」と念を押された。好奇心はあるものの初めて行く映画館なのでたまらなく不安だった。

初老の日本人運転手は、穏やかな言葉使いをするので、いつも安らかな心持ちで車に乗れた。運転手は、到着すると映画館の出入り口まで案内してくれた。

キヨは生まれて初めて映画を見た。暗くて大きなスクリーンに映る迫力ある演技に興奮した。数日、映像を思い出し余韻が覚めなかった。

キヨの仕事は、朝早くから深夜に至ることもあり休日は無い。それでもわずかな時間で雑誌を楽しみながら文字を覚え、ギターやハーモニカの練習を通して来客者との会話を弾ませ、映画観賞もさせてもらえた。キヨは女中でありながら家族の一員としての扱いに深く感謝していた。

続く・・・

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