老婆100's <青春>

物語いろいろ、人生道草

-芒-18.鉄屑拾い

部落には貧しい人たちが肩を寄せ合って生きていた。

リヤカーを引いて鉄、紙、布屑などを拾い歩くバタヤといわれる人や、日雇い、船乗りなどの仕事を耳にした。女、子供たちは、近くの倉庫が立ち並ぶ岸壁で、監視人の目を盗んでは荷下しからの落ちこぼれを拾い集めたり、魚釣りや貝拾い、食べられそうな草類を見つけに出歩いていた。

母親は体に痛みが残り働けない。質屋に粗末な服を持ち込み、わずかなお金でその日暮らし状態となっていた。まり子は、部落の人達の真似をして鉄屑を拾い始めた。磁石に集まる砂鉄や釘を布袋に収めた。部落の周囲は、拾い尽くされていて嵩がいかない。まり子は範囲を広げ線路近く迄行き、そこで太くて錆びたボルトを3本見つけた。重いので嬉しくなり急いで持ち帰った。部落には鉄屑を買い取る朝鮮人が住んでいて、人々は集めた鉄屑の重さを量ってもらいお金に換えていた。

戦後、復興の柱として鉄鋼生産に必要な鉄くず金属くずは需要が高かった。1949年古物営業法から鉄屑を除外されたことから、戦後の廃墟に放置された鉄スクラップに目をつけた朝鮮人が、生き残るために商売にして行ったという。

まり子は初めてその鉄屑屋に行き、袋を差し出した。おじさんは、袋を持った感覚でわかるのか10円札を2枚くれた。日本語で(初めてだね、またおいで)と優しく言ってくれた。

まり子はお金をしっかり握って持ち帰り母親に渡し、鉄屑拾いの話を得意げに話した。味を占めたまり子は、学校から帰る途中や帰ってから鉄屑拾いを欠かさなかった。
続く・・・

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