老婆100's <青春>

物語いろいろ、人生道草

- 芒 -23.ジャンパー

まり子が同級生を庇って男の子と喧嘩したことは、たちまち部落中に広がったようだ。

日本人でありながら朝鮮の子を助けたという事で、ヒーロー視されたのだと思う。次第に学校へ一緒に行く人数が増え、長距離の通学路では、まり子を中心にお喋りに花が咲いた。下校時も「一緒に帰ろう」と、数人が廊下で待っていた。少しでも親の助けにという思いは同じで、鉄屑を目ざとく見つける行為や、収穫のある場所等、情報交換をしたりして貧しい子供ながらの裸の付き合いが出来て気楽だった。

 

先生は、競争奮起のためかテストで百点を取った生徒の名前を発表していた。度々まり子の名前もあがった。そのせいかクラスでは貧装なまり子を差別することは無かった。

クラスで活発になるにつれ、やはり新しい洋服が着たい、と願った。小雪がちらつく冬となり風も冷たいなか、袖や丈の短くなった古びた上着で凍えるようだった。手足のしもやけ、あかぎれに悩まされた。クラスの友達は、手袋やマフラー、ふかふかな上着で暖かそうにしている。まり子は、特に冬は暖のとれる着るものがほしいと思っていたが、このところ自尊心が芽生え、皆に引けを取りたくない、という見栄のほうが強くなっていた。

 

冬休みに入り大晦日となった。お正月を迎えることは一大行事だった。節目で散髪や洋服を新調したりする。母親はこれ迄に無いような準備をしていた。生活保護金を受けられることで奮発したのだと思う。母が電気パーマをかけて、若々しく見えた。まり子も散髪で刈上げにした。歓喜したのは、新しい深緑の大き目なジャンパーが用意されていたことだ。厚めの靴下も買ってもらえた。明日はお正月で着ることが出来る。ささやかな幸福に浸っていた。

続く・・・

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