老婆100's <青春>

物語いろいろ、人生道草

- 芒 -25.母親の幼少期

母親はキヨという。

キヨの子供のころは不幸の連続だったそうだ。キヨの両親は、一歳に満たない妹を帯紐で括り、片方の帯紐を柱に結びつけ土間に落ちないようにして、当時三歳のキヨに子守りを頼んで畑仕事をしていたという。キヨは見様見真似のままごと遊びをしていた。それが火遊びとなり辺りの蓆に燃え広がった。泣き叫ぶキヨを見て駆け付けた両親は妹を助け出すのに精一杯で、萱葺の家を全焼させた。それがきっかけで、本家に寄宿するようになり、夫婦喧嘩で暴力が絶えず、父親の酒浸りは甚だしく、とうとう別れた。母親は子供達を連れて実家へ戻ったが、キヨは父親が好きだった。離れて暮らすと一層恋しく、母親に厳しく怒られ、殴られた日に家を飛び出し、二里ほど離れた道程をさまよい歩いてやっと父親の元たどり着いたそうだ。祖母と父親は泣いて幼いキヨを抱きしめたという。それからは母屋から離れた小屋で祖母と父親と供に暮らすことになるが、その後、父親は出稼ぎで殆んど家にいない状況が続いた。祖母はキヨを不憫に思い、貧しいながらも大事に育ててくれたそうだ。豚を食用に屠畜する家があるときは、少量の肉を手に入れて自分は食べずにキヨに食べさせたりした。キヨが六歳の時、祖母は、具合悪く、痛みに苦しんでいた。天井の梁に紐をぶら下げ、それをしっかり握り痛みを耐えていた。キヨは心配で、母屋に伝えに行ったが医者を連れてきてくれる気配はなく、祖母はそのまま息耐えたそうだ。
続く・・・

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