老婆100's <青春>

物語いろいろ、人生道草

- 芒 -26.学校へ行けない子供の頃の母親

大好きな祖母が亡くなり、キヨは親戚の家に預けられた。

そこでの生活は厄介者扱いだつた。幼いキヨに、十分な食べ物も与えず、井戸水を汲ませる仕事をさせた。いとこ達に、よく殴られたり、食べ物を見せつけられたり、芋の皮だけを放り投げられたりするなどの意地悪をされた。一緒にご飯を食べさせてもらえず、板の間でひとり少ない芋粥等を食べた。
一年生入学の歳になっても学校へ行かせようとはしなかったため、学校の先生が、キヨを入学させるよう、親戚に談判しに来たそうだ。キヨはノートと鉛筆を与えられて学校へ行くことになった。学用品は不十分ながら勉強できることが嬉しかった。木枝で、地面に字を書いて覚え、本は貪り読んだ。覚えが早く頭が良かったそうだ。しかし教科書などの勉強するための必需品を買ってもらえないため二年生迄しか行くことが出来なかったという。
学校の運動場に井戸があり、そこへ水汲みに行かなければならない。授業をしている時は、校舎の窓の外で先生の話に聞き入り、黒板に書いてあるものを覗き込んだ。休み時間は、生徒たちにジロジロ見られ、時には囃し立てる男子と取っ組み合いの喧嘩をした。キヨは自分が、蔑まれること、邪魔者扱いされることに対し怒りを覚え、だんだん気性が荒くなり出した。
親戚の家は、比較的豊かで、傍ら万屋も営んでいた。キヨは、お腹がすくため夜中に駄菓子を盗み食べた。犯人はキヨだとわかるため、翌日は、お仕置きされ棒で叩かれた。それでも盗み食いは止められない。怒られそうになると逃げた。捕まえられては叩かれる繰り返しだったそうだ。
キヨの開き直りはエスカレートした。売り物の砂糖を舐め散らかして周りをベトベトにしたり、夜、外にある便所へ行くのが怖いため、土間に糞尿をして親戚をてこずらせた。
その後は「糞たれおキヨ!」の不名誉な悪名で呼ばれ続けた。

続く・・・

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